講師陣紹介

マンガ塾を応援くださる先生方より

里中満智子

マンガを描くことは素晴らしいことです。

1964年「ピアの肖像」で第1回講談社新人賞受賞しデビュー。愛をテーマにした少女マンガ以外にも、歴史物、SF、野球ものなど幅広く手がけ、息の長い人気を誇る。
代表作は「あした輝く」講談社出版文化賞受賞・松竹映画化/「アリエスの乙女たち」'87フジテレビドラマ化/「あすなろ坂」「海のオーロラ」/「狩人の星座」講談社漫画賞受賞/「ギリシア神話」/「マンガ名作オペラ全8巻」/「天上の虹」(現在描き下ろし連載中)など、文化庁文化審議会著作者分科会委員/(社)日本漫画家協会常務理事/マンガジャパン事務局長/大阪芸術大学キャラクター造形学科教授

文部省中央教育審議会第一小委員会委員/文部省教育課程審議会委員/小学館漫画賞選考委員/講談社漫画賞選考委員/読売国際漫画大賞選考委員/手塚治虫文化賞選考委員/文化庁メディア芸術祭運営委員会委員/NHK中央放送番組審議会委員などを歴任した。

私は皆さんが羨ましい。マンガ家の先生から、その実体験を背景に教えていただけること。そして、一緒に悩み励まし合える仲間が日本マンガ塾にはいるから。私の時代にこのような塾があったら、行きたかったですね…
「日本マンガ塾」は、一人の編集者の目ではなく複数の講師が多角的な視点から、塾生一人ひとりが持っている作品世界を掘り起こし、表現力を豊かにするための個別カウンセリングを行ない、創作力を高めていきます。 在塾中でも一定のレベルに達している人には、積極的に編集者に紹介します。
デビューのチャンスは大きく広がると思いますよ。
日本初のマンガに特化した教育環境で、本物のマンガ教育を受けてみませんか。

モンキーパンチ

漫画の画材はあり余っている。
あとは描こうという強い意思だ。

貸し本マンガ執筆を経て、ナンセンスものを手がける。1966年、モンキー・パンチ名義で「銀座旋風児」を発表。1967年「週刊漫画アクション」創刊号から「ルパン三世」を連載。大ヒット作となり何度となくテレビ化、映画化されている。他に「パンドラ」「コミック千夜一夜」など。

2年間みっちりデッサンとクロッキーの勉強をしたんです。プロの生原稿を見られたことが現在でもプラスになっています。アミの使い方や、工夫の仕方はカルチャー・ショックなくらい参考になりました。マンガ家になるのに大切なのは氾濫する情報をどう自分に合うように整理するか、そしてマンガを創ろう、描こうという自分の強い意志です。日本マンガ塾では、僕がマンガ家になってからの40年間に経験した、その楽しさと苦しさ、「ルパン三世」のキャラクターづくりの話をしたいと思っています。

バロン吉本

マンガを学ぶことは、必ず大きな力となり、
豊かな個性を作る。

1959年、投稿作品が入賞。1961年に独立。1970年「週刊漫画アクション」に、出世作「柔侠伝」を連載開始。以降、「賭博師たち」「黒い鷲」をはじめ、幅広いジャンルの作品を次々と発表。

若い人に言いたいのは、ぼやぼやして歩くな、ぼやぼやしてものを見るな、ということ。観察・考察・推察・洞察をずっと意識していてほしい。そうすれば今まで見えなかったものまで見えてくる。
例えば、音楽を目指している人でも、作詞や作曲をする際にイメージがマンガで浮かぶ人もいるかも知れない。そういう人にも日本マンガ塾に入ってほしい。マンガを学んだことは、必ず大きな力となって、豊かな個性と人間関係を作っていける。情熱をぶつけあえる場として、一人ひとりを大切にしながら、みんなの情熱を応援したいと思います。

日野日出志

考えもつかないような発想で
攻めてきてほしい。

1967年「COM」10月号に「つめたい汗」でデビュー。「蔵六の奇病」「地獄の子守唄」「赤い花」「マネキンの部屋」など代表作多数。現在、作品数は200以上にのぼる。

「何でも描きたい」は、なんにも描けないと同じことですからね。専門店を目指して欲しいです。誰もが個性を持ってい絶対にマンガ家になるという気持ちがなければマンガ家にはなれません。自分が一番というくらい強気でいいんです。僕らが考えつかないような発想で攻めてきてほしい。腰を抜かすようなものを見せてほしい。日本マンガ塾で、燃えるような野心を持った人と出会えることを期待しています。

汐見朝子

次の時代の絵を生み出すのは
あなたかもしれない。

1970年、投稿がきっかけで「薫くん大好き」(『りぼんコミック』増刊号)でデビュー。ラブコメ作品を経て、「朝焼けの中で」など下町を舞台にした作風へと変化。レディース・コミック創刊とともに官能作品を手がけ始め、第一人者となる。

絵は、技術だからポイントを決めて描いていけばいずれうまくなります。いかに面白いストーリーを作るか、そしてそれをどう表現するかが大切です。マンガだけ読んでいても、マンガは描けません。感性を磨いてほしい。次の時代の絵というものは必ずあるんです。その絵を生み出すのは、ひょっとするとあなたかもしれません。
この道を選んだ以上、あきらめないで続けていってほしいと思います。マンガを、一生の仕事としてきちんと考えられるプロに育ってほしいですね。

犬木加奈子

塾に来ること自体が、
素晴らしい刺激となるでしょう。

講談社「楳図かずお特集号」で1987年デビュー。独特のタッチを活かしたホラーマンガを次々と発表し、「ホラーの女王」の異名をとる。代表作は、「不思議のたたりちゃん」「不気田くん」など多数。

マンガを創作するということは、自分をさらけ出すということです。訓練すれば絵は上達するように、自分の人間性も少しずつ高めることはできます。同じ志を持つ人たちが集まる日本マンガ塾は、塾に来ること自体が自分にとって素晴らしい刺激となるでしょう。ちょうど、アシスタント時代の私が多くのことを学んだような、そんな場になると思います。そして、ひとりで絵を描いていては決して学べない大きなことを手に入れられるはずです。

レギュラー講師陣

飯田耕一郎(漫画家)

プロになる前にたくさんの引き出しを
持つことがとても大切です。

1970年より虫プロ商事「COM」「ファニー」芸文社「コミックVAN」の編集者を経てマンガ家になる。1972年「COMコミックス」虫プロ商事でデビュー。以後、多くの出版社で活躍。「美宏の季節」けいせい出版、「冬の春売り」東京三世社、「邪学者 姫野命シリーズ」5巻力富書房、「マンガ心理学入門シリーズ」2巻力富書房、「マンガ密教念力」全3巻徳間書店などの単行本を発表。

上田 悦(漫画家)

マンガ家になる!!というよりも自分の熱い想いを
表現する創造者になる!!つもりで取り組んでください!!

1987年小学館『週刊少年サンデー増刊号』にて『日本国拳法』でデビュー。サンデー本誌にて「突撃日本国拳法」、「恐竜カーニバル」など連載。以後、小学館『ビッグコミックオリジナル』で「ウマなみくんの絵日記」発表、小学館『月刊コロコロコミック』にて「わんわんパラダイス」連載、小学館『コロコロコミック増刊号』で「妖怪殿下タヌ丸くん」を発表、「超香少年サトル」「賭仔龍」を秋田書店『週刊少年チャンピオン』より連載、少年誌・青年誌と読者の世代を超えて活躍の場を広げている。

加藤公平(シナリオライター)

キャラクターを生かすも殺すもストーリーしだい。
物語作りが苦手な人への効果的なカリキュラム。

2000年フジヤングシナリオ大賞佳作受賞。「はみだし刑事純情派」にてドラマ脚本デビュー。「ドラえもん(テレビアニメ)」「ケータイ刑事銭形シリーズ」「恋する日曜日」などの脚本執筆。
ヤングジャンプ原作大賞奨励賞、ビジネスジャンプ原作大賞奨励賞受賞後、マンガ原作者さいふうめい氏のアシスタントとして数々のマンガ原作制作に参加。「県庁の星(スペリオール)」脚本を担当

川端みどり(漫画家)

漫画は自己を表現する手段のひとつ。
自分にしか描けないマンガが必ずあります。

集英社「レディース コミックYOU」にてデビュー。スコラ社「かわいい! ペット」、秋田書店「サスペリア」、朝日ソノラマ「本当にあった怖い話」、ぶんか社「恐怖の快楽」「純愛の快楽」「家庭ミステリー」、笠倉出版「嫁と姑サスペンス」「深層心理ミステリー」、さくら出版「あなたの知らない世界」などで掲載。現在、「嫁と姑サスペンス」「本当に恐い嫁姑」「お金の事件簿」などのレギュラーとして活躍中。

坪田伸一(デザイナー)

創造性・感性をより豊かな
フィールドに拡げたい。

武蔵野美大卒、イトーヨーカドー宣伝室、広告代理店等を経てフリーのイラストレーターに(主に広告、出版、イベント等のイラスト)。専門学校の講師を13年間勤める。その間に、全米ADC主催 Japanese Graphic Desing Exhibition(ニューヨーク開催)銀賞、JCA日本広告協会展入選、岩手日報広告賞(新聞部門)、講談社「年鑑日本のイラストレーション」入選、「日本のニューウエーブ100人展」に選出され出品(電通主催 銀座電通プロモーションギャラリー)その後ハドソンを経てCGの業界へ。現在アニメ制作会社CGアドバイザー。

夏木れい(漫画家)

マンガは年齢・性別・容姿・学歴・国境を
超えた分野です。
貴方のセンスを発揮してください。

劇画家佐藤まさあき氏のアシスタントを経てコミックマガジン・漫画ゴラク・漫画サンデー・特集漫画などの漫画誌に連載、女性誌は「美容整形の女たち」「恋愛相談所ホタル」宙出版、「雨の日に愛がはじまる」「ネイルアートの恋」辰巳出版、「復讐の快感」蒼馬社、「眠れぬ森の悪魔・原作奥田暎二」女性セブン、「からだばんざい・原作渡辺淳一」週刊女性など、現在は企業向けに人材育成漫画などを執筆中。

まつかわゆま(シネマアナリスト)

マンガと映画は兄弟のような存在
互いを知って助け合いましょう。

映画を通して時代を読むシネマアナリスト。講談社「ホッドドッグプレス」でデビュー、以降、角川書店、主婦の友社、芸文社などの雑誌にて映画紹介や批評、インタビューなどを連載。テレビ・ラジオなどの映画コメンテイターや構成を務めた。東放学園・巴里映画シネマスクール・聖学院大学生涯教育センターなどの講師でもある。カンヌ、東京、トライベッカなどの国際映画祭にも参加。

松本保郎(漫画家)

デビューだけでは終わらない
継続する力をつけて欲しい。

国友やすゆき氏のアシスタントを経て、ぶんか社「みこすり半劇場」にてデビュー。その後、リイド社にて「宅配おねえさん」「彼氏はヒモ」などを連載、レディスコミック「Don't」「Wooooo!」(サン出版)に掲載。また、この間「山梨日日新聞」などに児童漫画やグラフィック社「マンガの描き方」シリーズ制作や、アシスタントとしても活躍。現在、複数のパチスロ誌に連載中。

松原じゅん(漫画家)

プロを目指す人に
プロの技術を全て教えます!

大和書房「うらないコミック」にて「モーツァルト通りでつかまえて」でデビュー。「実話恐怖コミック」をはじめ、「学研」や「竹書房」で恐怖コミックを描いた後、「コミックジャンボ」(桃園書房)をはじめとする青年誌に転向。「ラグシュ ミー」「くらいむれいでぃ」「りん太のももいろコミック」「ビクトリー麻雀」「ひよこの山登り」などを連載。グラフィック社「マンガの描き方」シリーズの作画・制作を担当するなど、幅広く活躍。

わたべ淳(漫画家)

君達の選択は正しい!
ガンガン勉強しよう。僕も勉強します!

2年半の手塚プロダクションアシスタントを経て、1980年ヤングジャンプ月例賞でデビュー。以後「横浜ラブコネクション」「スーパーエンジェルズ」描きおろし「ふぞろいの林檎たち」「レモンエンジェル」等を集英社より、「バージンロケット88」「感じてキララ」等を秋田書店より、「風にヨロシク!」等をスコラより、「レディ・D」等を辰巳出版より発表。この他に講談社からアトムポケット人物館など出版。

円池 茂(洋画家)

自分には、マンガの道しかないと思い、
毎日の積み重ねで制作しましょう。

1964年東京芸術大学油画科卒業。1966年シエル美術展第三席入賞。1976年~78年滞仏(パリ)。1978年ル・サロン展入選。1985年~93年滞仏(パリ)中マンガの神様故手塚治虫氏と奥様のフランス旅行案内役を務める。これまでに個展多数。2000年、個展・泰明画廊(銀座)、西武百貨店(渋谷)、2001年個展・三越(銀座)で開催。国内外を問わず、洋画家として活躍中。

ヤマダトモコ(マンガ研究家)

面白いマンガを描くために、
マンガを深く読み解く力を育てよう。

1992年から川崎市民ミュージアムマンガ部門学芸補助非常勤職員を務める。主な執筆活動として毎日新聞夕刊コラム「マンガの居場所」を夏目房之介・宮本大人・瓜生吉則と週刊リレーコラム執筆中。「週刊朝日百科 世界の文学110 テーマ編『マンガと文学 ジャングル大帝 あしたのジョー他』所収の「少女マンガの中の〈文学〉萩尾望都『トーマの心臓』」の執筆や、2001年アングレーム国際コミックフェスティバル内の「少女マンガへの誘い展」の企画監修、2001年エディンバラ大学・スコットランドロイヤル博物館主催『エディンバラ国際演劇学会:21世紀の日本演劇』で論文発表など、幅広くマンガ界で活躍している。

夢野 良(漫画家)

物語を
どんどん生み出せる力をつけよう!

1991年、初投稿作品にて小学館漫画賞佳作を受賞デビュー。その後同社少女コミック誌にて6年間、Betsucomiにて7年間、Judyにて1年半の準で描き続けている。現在小学館Judy誌所属。主な単行本(小学館発行)は、「夢野まことワンダーランド」、「まことのハートフルロマンス」、「夢野まことラブ・メモリー」、「夢野まこと傑作集」など。

日本マンガ塾: 講師陣紹介
http://mangajuku.net/article.php/feature-teacher